【山記録】
日時天候 2010年04月04日(日)晴
山名標高 霊仙最高峰(1098m)から岩の峰へ
山域 鈴鹿
コースタイム
県道今畑(8:50)~今畑(9:00)~笹峠(10:10-10:20)P850付近(10:50()~近江展望台(11:10)~南霊岳(11:40)~福寿園池(11:50-12:40)~最高峰(13:15-13:20)~岩の峰(13:15)~西南尾根林道(13:10)~P861(14:20)~行者谷(15:15)~奥の権現(16:10)~あけん原(17:00)~今畑駐車地(17:10)
●総タイム8時間20分(休憩)
人数等 IYG・suzuka 岩の峰

【軌跡ログ
谷山上空2138メートルから撮影。

【足跡】
<霊仙山レポ>
 霊仙山の恒例登山は、厳寒の1月と花の咲く4月である。
 2010年春登山は、04月04日と決まった
 本年は、暖冬で残雪なかったが花は見ごろであった。
 往路は、今畑から西南尾根を登り福寿草を見る。
 復路は、最高峰から岩の峰へ。そこから林道に降り重谷~行者谷~権現谷の谷歩き。
      未踏区間は、林道途中から重谷へ下りるコースである。
      この区間は、2度3度行かないと分岐で間違いそうなところだった。

<花の霊仙山と植生>
 昔、宮内庁に献上したと云われる霊仙の福寿草は今年も見事に咲いていた。
 永遠に花が咲き続けて欲しいものと願うのは誰もが同じ。
 近年、環境の変化で植生が変わって花の山もいささか不安な気持ちにさせられる。
 それは、西南尾根直下の笹峠のことである。
 10数年前までは、ここには背の高い笹が密生しヤブコギを強いられた。
 近年、笹が何処かに消えゴツゴツした苔に覆われた石灰岩が露出し見通の良い良い峠となった。
 あの背の高い笹は、一体何処へ消えたのだろうか。

<鈴鹿山系の「ササ枯れを考える」記事> 
 最近の中日新聞に鈴鹿山系の「ササ枯れを考える」記事が出ていたので抜粋する。
 愛知県勤労者山岳連盟では、5年前からササで知られている山域14箇所に調査ポイントを設け定点観測を続けてきたが、一つの山だけでなく鈴鹿山系のあちらこちらで枯れたり、なくなったりしている。その要因を調べられないか、と考え始めた。
 取り組みは、それほど簡単ではないことが分かってきた。
 要因の一つとっても雪害だ、酸性雨だ、鹿の食害だ、と諸説あって特定は難しい。
 専門家に頭を貸していただきたい、といのが私たちのスタンスである。
 また、現状でなく古くから鈴鹿を良く知る方たちからの聞き取りによれば昭和50年代には「すごいササだった」山域が40年以前には「ササなんかなかった。ススキが美しかった」などということも分かってきた。
 私たちの知っている山は、せいぜいここ、20~30年前ほどの間の姿にすぎない。
 それ以前にどれほどの変化が繰り返されてきたのかを考えると、自然の営みの大きさ、奥深さが感じられ興味深い。

【今畑】
今畑の福寿草も葉っぱが伸びている。

【笹が消えた笹峠】

【西南尾根】
 草原状の急斜面にスハマ草が咲く。

琵琶湖が見える所で休憩
左、
中央の尾根は、汗ふき峠から伸びる山は、前回登った比婆山・イブキだね。山の同座中。

あれが近江展望台だ

近江展望台

西南尾根の福寿草

福寿園の池で昼食
左、
福寿草お池


お池付近から霊仙山を見る。

最高峰
 霊仙山最高峰。後方に伊吹山が見える。

岩の峰】
下、最高峰から見た岩の峰。

林道へ降りる】

左、斜面を下る。右、林道。
林道を離れ樹林帯の中に入る。ここは間違いやすい。

【重谷へ】
左、何処から重谷へ降りるのか気になっていたがーーここが入口
右、重谷降り口。

重谷から行者谷へ
 明るい谷だが、やや荒れていた。

【権現谷へ降りて下山】

権現谷、ネコノメノ草・ミハマ草が咲いていた。
あけん原を経て駐車地に戻る。