【山記録】
日時・天候 2019年08月18日(日)・19日(月)/天候・2日とも晴れ 
山名 御嶽剣ケ峰(3067m)・魔利支天(2959m)・継子岳(2859m)・継子Ⅱ峰(2690m)
山域 木曽御嶽(日本百名山)
コース・タイム 18日→ロープウエイ山頂飯森駅(07:06)~明治不動(08:14)~八合目女人堂(08:30-40)~石室山荘(0930-50)~剣ケ峰(11:20-12:15)~二の池新館(12:45)~サイノ非難小屋(13:37)~分岐(13:54)~魔利支天(14:21-30)~分岐(15:02)~五の池小屋泊(15:37)総タイム8時間31分
19日→五の池小屋(06:15)~継子岳(07:00-07:30)~継子二岳(07:50)~五の池三の池分岐(08:40)~三の池非難小屋(09:00-20)~サイノ非難小屋(10:30-10:50)~石室山荘(11:30)~八合目女人堂(12:30~13:10)~ロープウエイ山頂飯森駅(14: 00)総タイム7時間45分
タイムは、撮影などに時間をとり超スローで歩いています。
距離/累積高低差 18日→沿麺距離10.2キロメートル/累積高度差+1616m- 883m
19日→沿麺距離11.4キロメートル/累積高度差+ 926m-2061m
人数 単独 

【国土地理院40000図・軌跡ログ

【足跡】
<膝を痛める>
 6月、正座し立ち上がると左膝が痛いので整形外科で精密検査した。
 診断の結果、左足膝クッションとなる部分が壊れていると云われた。手術しないと治らないとの宣告を受けた。
 2ケ月山行きを休養したが状態は何も変わらない。
 その後、医者に相談した。
 手術はしたくないが山へ行っても良いかと医者に尋ねたら、無理をしないなら山へ行っても良いとのこと。
 今後は、高齢につき(団体登山はあきらめ)歩くペースや休憩も自由にとれる単独行きで登山することにした。
 登山回数は、月2回程度とし未踏の百名山等も目指したい。
 今年は、7月1日に解禁となった御嶽山へ挑戦することにした。

<御嶽山レポ>
 御嶽山は、初挑戦である。
 山のスケールが大きいのに吃驚させられた。
 噴火の確率は少ないが(現在危険度1)、山頂に近づくとハラハラドキドキする。
 山頂直下には、慰霊碑が設置された。
 石字には、「平成26年9月27日午前11時52分水蒸気噴火・犠牲者58名行方不明者5名」と書かれている。
 現在の時刻、午前11時50分。噴火時刻と重なる。
 犠牲となった方の冥福を祈るばかりである。

 黒沢口には、木曽御嶽本教総本庁があり。銘文には、行者さんは、ここが出発点である。
 今日も白衣装束をした多くの信者さんと出会った。
 近年は、上部まで開発が進み観光化された。
 多くの登山者は、御嶽ロープウエイ(往復2600円)を利用している。
 飯森山頂駅は、七号目になるので大幅に登山時間を短縮できるので大人気となっている。
 恐らく、百名山の中でも登山者が多い山ではないかと思う。
 なお、ロープウエイ出発地の鹿の瀬駅前には、1500台も駐車できしかも無料である。
 冬は、大スキー場ともなる。
 
 御嶽山は、何と言ってもヴリュウムが凄い。
 剣ケ峰・継母山・摩利支天山・継子岳を形成した山が御嶽山である。
 地図で見た御嶽とは違いその大きさに戸惑いさえ感じた。
 山頂には、一の池・二の池・三の池・四の池・五の池とある。
 水枯れの池、硫黄の臭う池、火山灰で白くなった池、青い水の池とさまざまである。
 広々とした賽の河原や外輪壁があちこちに見られ甚だ変化に富んでいる。

【ロープウェイ駅の駐車場に車を留める】
上左、
お花見台。
駅舎裏にあり
御嶽山の山並みがワイドに見える。

上右、
ロープウエイ発着場。

左、
ロープウエイ駅舎と駐車場。

下、
ロープウェイから見た御嶽山。

【登山口は飯森高原駅】
上、
ロープウエイ飯森高原駅。
これから縦走する山が一望できる。
左から、剣ケ峰、摩利支天、飛騨頂上、継子岳。

左、
七合目の標識。

下、
飯森高原駅テラスから北アの乗鞍岳・槍ケ岳などの山脈が見えた。

【八合目・女人堂】

八号目の女人堂。建物の上には拡声器が取り付けある。
左、警戒区域が円形で示されいる。青線の道は、通行許可可能たが原則立入禁止です。

【ここは、行者の道】
 女人堂から10分ほど歩くと森林限界。 御嶽山が見える。
 御嶽山は、信仰の総本山。
 登山道の至る所に仏像がある。
 白装束をした信者が全国からお参りに来る。
 ホラ貝をリクエストしたらOKしくれた。
 貝の音色は、登山者もお参りに来る人もお疲れの子守歌でした。
下、
石室山荘が見える。

【九合目近くに来ると火山岩がゴロゴローー】


 行者の修業場。
 険しい岩道を一歩一歩を登っていくと崖の一角に石室山荘で一息つく。
 下から見るとても怖い感じがする。
 小屋の中は、母の背中のゆりかごのようなところでした。
 

【剣ケ峰へ延びる尾根筋は、危険地帯】
上、
九号目からの上部。
溶岩の中に登山道がある。

下、
令和元年7月1日から解禁された御嶽山への登山道を行く多くの登山者。

【剣ケ峰に出来た慰霊碑とシェルター】
上、
御嶽山頂直下に出来た慰霊碑。

左、
慰霊碑の横に落石防止のシェルター

下、
山頂から見た慰霊碑とシェルター。

【御嶽剣ケ峰】
上、
標高3067m御嶽山頂上。
山頂には、20人以上もいて次から次へと移動する。12時前なので昼食をとる人も多くいた。

左、
頂上奥社社務所。御札を買う人もぼちぼちといた。

左、山頂から噴火尾根を歩いて二の池・継母岳へ行く道。右、入口にはロープが張られ通行禁止。下、噴火口方面。

【剣ケ峰から二の池への道】
上左、
剣ケ峰からの下り道。次から次へと登ってきます。
上右、
地図゛を見ると、開田高原辺りか。
左、
十字路。
右から登っている人は九号目から来る人。左へ行くと二の池に降りていく。
下、
下り道から二の池と小屋が見える。背景の山は、継子岳。

【二の池小屋】
上左、
二の池と小屋周辺。池の奥が新二の池小屋。

上右、
二の池小屋。

左、
二の池。

下、
新二の池小屋。背景の山は、摩利支天山。
中央は、サイノ河原。

【サイノ河原非難小屋】
左、
サイノ河原非難小屋。

右、
台座には、初代堂長小川安太郎之命とあり。


下、
サイノ河原非難小屋から見た御嶽山。中腹に二の池小屋と新二の池小屋が見える。

【魔利支天乗越】
左、
二つコブの手前の鞍部が摩利支天乗越。尾根直下に道あり。但しゴツゴツした岩で歩きにくい。往復1時間ほど。
下、
摩利支天乗越から見た継子岳と三の池。翌日のルートです。
即ち、
左上、五の池小屋から継子岳を経て尾根沿いに三の池へ降り右下のサイノ河原非難小屋へと登.る。

【魔利支天山頂】
上、
摩利支天山頂上。背景に御嶽山が見える。

下、
山頂から見たサイノ河原。
上部に二の池小屋が見える。

【五の池小屋へ泊】

一番上、
五の池と五の池小屋。

上、
五の池小屋の夕食とお好みメニュウ。

左、
五の池小屋。
今年、改築した。玄関前には板張りのテラス等が新設された。本場、ヨーロッパアルプスの山小屋にでもいるような感じがする。

下、
五の池小屋から、迫力ある摩利支天山が目の前に見える。

【8月18日】

【継子岳】
五の池小屋発5時12分。継子岳着5時50分。
 継子岳に来ると雲海の向うに乗鞍岳が見えた。
 足元にはコマクサの固まりあり見ごろ゛した。
 この先、「コマクサ群落」と書かれた看板
あり。

下、
雲海と乗鞍岳

【継子岳のコマクサ】

【継子Ⅱ峰へは花の道】
左、
北から見た継子Ⅱ峰。
コマクサの群生地。
 コマクサは終わりの花で枯れていた。

下、
途中、剣ヶ峰・摩利支天が見えた。

【継子Ⅱ峰】
左、
継子Ⅱ峰の山頂部。南側は、岩場で荒々しい。指示標識「〇→」を見落とさないよう要注意。突然、継子Ⅱ峰辺りで迷い救助要請があったと五の池小屋従業員の男性が現れた。笛が聞こえなかったかと尋ねられた。

下、南から見た継子Ⅱ峰。

【四の池】
左、
四の池。
飛騨頂上の尾根筋から長大な継子岳との窪地が四の池。
 中央部に水が、残っていた。
 左の写真は、継子岳Ⅱ峰下り道から撮る。
 

【三の池非難小屋】
 三池と五池の分岐は、五池小屋方面のみ書かれいたように記憶する。
 この地点は間違いやすいので、地図を見て確認のこと。
上左、
三の池。
手前に非難小屋とトイレあり。
上右、八合目(女人堂)への道は通行止めの標識あり

【サイノ河原非難小屋への道】
左、
二の池小屋分岐。
三池非難小屋からここまで来るのに大岩を乗り越えてきたので疲れた。 この先、コブの二番目と三番目の辺りを目指しますが、厳しそう。
 継子Ⅱ峰から救助員以外は、誰も出会わなかったが、このルートでは1組(2人連れ)と出会う。
上、
一か所、崩れたザラ場あり。
 この辺は、高山の花が沢山咲いていたので時間がかかりました。

下、
サイノ河原非難小屋に到着。
 この先は往路道とほぼ同じ道を歩いてロープウェイ駅へ着いた。

【花彩々】