【軌跡図山旅改訂40000図】

【鳥羽岳道】
 <初めに>
 鳥羽から登る朝熊山金剛証寺へ登るには、三つのルートがあり、その一つが鳥羽岳道である。「伊勢朝熊岳之絵図」に鳥羽道と記されている。この道は、主に鳥羽湾の坂手島・答志山・坂手島・菅島・神島といった離島の人たちが参詣するのに登った道である。

 <現況>
 鳥羽岳道を初めて歩いたのは、1990年代当初。12月5日(月)に歩いたのが二度目である。
 鳥羽岳道の町石は、三町毎に山頂まで50町石建てられていたとある。
 今日見たのは5町石のみだった
 伊勢志摩スカイライン開通(昭和39年)するまでは金剛証寺の開山忌などには登る人で賑わったが、今は登る人は少ない。
 地元山会のテクロウ会さんが定期的に登っているときく。

 <登山口までの交通>
 @電車
 近鉄「池の浦」駅で下車するのが便利。
 帰りは、朝熊駅から乗車。
 A自家用者。
 車が二台ある場合は、出会いの広場と近鉄池の浦に留める。
 B徒歩。
  今回、朝熊出会いの広場に車を留め近鉄池  の浦駅まで歩いた記録。
  距離凡そ5.6キロ。タイム90分。

 <池の浦駅〜金剛訟寺までの距離とタイム>
 距離6.0km タイム2時間余
 
 <登山道>
 登山口へ行くには、昔の道とショートカット道がある。
 ここでは、昔の道を紹介します。
 池の浦駅から東の鉄橋ガード下を潜り500mほどで西の辻橋です。
 橋の袂に道標があります。時間的には、さほど違わないので昔の道がお勧めです。

 山道に入ると、ツバキ系の常緑樹が多い。植林はあまりされていない。
 踏み跡は付いているが、登山者が少ないので上部に来ると道も荒れ気味で分かりにくい。
 テープは巻かれているが、暗い感じなので複数の人で歩きたい。
 上に来ると伊勢志摩スカイラインが走っているが、ここは歩行は禁止。横断して前の山道に入る。
 横断口にはテープが巻いてある。
 山上公苑まで15分程度。山上公苑から金剛訟寺までは7分程度で着く。
 
 <飯盛山>
 標高367mである。下から見事な三角錐をしている格好いい山容である。
 登山路は、直道と巻き道あり。
 分岐から10分ほどで飯盛山に着く。
 山頂は、樹林の中で展望なし。
 山頂東部に大展望が開ける。
 伊勢湾口の眺めが雄大なのでぜひ立ち寄ってほしい。

【県道(堅神)から見た鳥羽岳道。三角の山(飯盛山)、右端が朝熊ケ岳】

【近鉄池の浦駅から出発】
@近鉄池の浦駅。
A近鉄池の浦駅前(堅神神社通り)のガードを潜る
B駅から400メートル先、右側に三角錐の飯盛山が見えてくる。
C西の辻橋。橋を渉ると袂に江戸時代の道標あり。

【江戸時代の道標】
鳥羽岳道は、いつ頃から開かれたものであろうか。

 伊勢市教育委員会での調査によると、道標(堅神・西の辻橋)に書かれている「嘉永3年(1850年)」頃と推測している。とのこと。

【】
九丁地蔵。
ここに鳥羽岳道という標識あり。

【飯盛山までの登山道】

【15町石】
この地蔵さんは、保存状態が良い。余り傷んでいない

【飯森山分岐】
左、
飯盛山へ直登。

右、
中腹巻き道。

【飯森山展望地】
上、
鳥羽湾。
中央が小浜

左、
飯森山展望地。

下、
坂手島・神島対岸の伊良湖岬。
 

【伐採地】
 大天井を見たのはここだけ
 太陽がサンサンと降りそそぐ別天地だったので大休憩をした。
 アサマツゲとキノコ見つける。

【27丁石発見】
 27丁石は、伐採地から20メートルほど先にありました。

【悪路】
 27地蔵を過ぎ、西方向に向きを変える辺りから荒れぎみの登山路となる

【ヘリパーク道との合流点】
 ヘリパーク道との合流点
。この石が目印。この石を確認して下さい。

【伊勢志摩スカイラインを横断】

左、スカイラインを横断し前の山道に入る。道路脇にある「注意」の看板が目印。右、横断する前のポイント地点。両側にテープあり。

【42丁地蔵】
 伊勢志摩スカイラインが出来たので、何か取り残されたような山道に42丁地蔵あり。

【山上公苑口に出る】
鳥羽岳道は、稜線沿いに歩きますが、スカイラインが出来たので、左写真のところで分断され、右隅から山上公苑と上がります。

なお、スカイラインは歩行通行禁止です。

【山上公苑】
 眼下に登山口の堅神の集落と飯盛山が見える。

【金剛訟寺】

丸山岳道